椎間板ヘルニアの治療方法
通常、どのような疾患においても、その治療法は保存的方法、侵襲的方法(手術治療)に分けることができます。
椎間板ヘルニアにおいても然り、ここでは椎間板ヘルニアの治療法についていくつか触れたいと思います。
保存的治療
おそらくもっとも一般的な治療で、どのような方であってもある限られた症状が最初から出現していない限りこの方法で治療が開始されます。具体的には安静、固定、理学療法、運動療法、投薬などによって症状を緩和し、患部の自然回復、症状の緩和を期待する方法です。 その手法それぞれに対する治療の意味を考えてみたいと思います。
安静 | 固定 | 理学療法 | 運動療法 | 投薬治療 | 神経 ブロック |
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費用 | 安価 | 安価 | △ | △ | △ | △ |
改善見込み | △ | △ | × | × | △ | △ |
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安静
椎間板ヘルニアによる症状はその人に特有の動作や姿勢によって増悪することが多いため、症状が強いときには症状の再燃を予防するために動かないことを目的とした安静を第一に考えます。特に症状の発生から間もないころは患部の炎症と相まって余計な神経への損傷を予防するためにも安静が望まれます。椎間板ヘルニアの場合、仰臥位(仰向け)や患部側(症状がある方)を下にすると症状が悪化することが多く、症状を持つ方を上にして寝る側臥位(横向き寝)で症状が軽減することが多いようです。
固定
いわゆる"コルセット"や"ネックカラー"といった固定装具を一時的に装着することによって、患部の可動域(動かせる範囲)を制限し、横臥位を保たなくても症状が出にくくするもの。硬さを持った装具によって動きにくくなるだけではなく、腰の場合、腹圧がかかるように締め付けることによって模擬的に体幹の支持力を増強させることができるため固定の仕方によってはかなり症状の発生を抑止できることもあります。 ただ、患部の場所によっては固定が難しかったり、かえって椎体を症状が出やすい方に曲げてしまうこともあり、必ずしもすべての人に良い方法とも言えません。 また、長期間、こうした固定装具をつけ続けることは、椎体(背骨)を支える筋力の低下を誘発してしまうため、ある程度急性期症状が緩和されたら装具を外す方向性で考えることが望ましいと考えられます。
理学療法
一般的によく知られる"けん引" "温熱療法" "低周波・高周波電気治療"などによる治療。
"けん引"治療は日本ではかなり以前から使用されている治療法で、狭まった椎間板の幅を広げるような力をかけ、陰圧(引っ張る力)を発生させることによって神経への圧迫を一時的に解除しようといったことを目的とした方法のようですが、実はその治療的根拠についてはっきりと証明されたデータはいまだありません(治療意義はあるのかもしれませんが、そのことを医学的にきちんと証明した報告がないということです)。
患部を温めたり、電気をあてるといった方法は炎症を起こして固まった筋肉や周辺組織の緊張を緩和することによって、痛い→緊張→痛みを増す→さらに緊張が増すといった悪循環を断ち切ろうとするものです。これらの方法も根本的な治療というよりは悪化した周辺の状況を改善することによって、原因の改善を促す方法といえます。
運動療法
いわゆるリハビリテーションなどによる治療方法です。「痛みが非常につらいときに体を動かすなんて…」と思われるのはもっともなのですが、圧迫が改善する方向に力を逃がしながら患部に陰圧をかけるようにして改善を促し、椎体を支える筋力をつけ、負担がかかりにくい姿勢や動作を覚えることは最終的には良い結果をもたらすことも少なくありません。
比較的消極的な治療法である安静と比較するとより積極的に改善を促す努力をするという意味で攻めの治療ではありますが、殆どの場合、痛みに耐えつつ行う治療でもあるため、他の治療と比較して比較的苦痛も強いられることも事実だと思われます。
投薬治療
症状を緩和させる手立てとして最も一般的な方法です。鎮痛剤(痛みどめ)、筋肉の緊張を緩和する薬剤、神経の回復を促すもの、神経痛に対する薬剤などを使用し、つらい症状を薬の力でやわらげて、患部の炎症が軽減し、椎間板ヘルニアによる神経への圧迫が回復することを目的とします。鎮痛剤は消化器系の問題を生じることも多く、消化器を保護する薬剤を合わせて処方することが一般的です。
鎮痛剤の種類は非常にたくさんありますが、一般的に出されるものでも個人によっては効果が得られにくいものもあり、薬の種類についてはある程度個別に検討していくことが必要となることも多々あります。 投与形態としては内服(薬を飲む)、坐薬(肛門から挿入)が一般的ですが、つらい疼痛の場合、坐薬を使用する方が治療効果が得られることが多いような印象もあります。
神経ブロック
保存的治療の中でもより積極的なのがこの神経ブロック治療です。その専門は麻酔科ですが、治療の意義としてそれぞれの科が関わる疾患にこの手技が必要であることも多く、麻酔科医でなくても行うことがあります。ペインクリニックと名がつくところが主にこうしたブロック治療を専門としています。
治療の内容としては痛みを感じる場所もしくは原因となる場所に局所麻酔薬や抗炎症薬を注入し、感覚の伝導を阻害(ブロック)することによって症状を緩和するもので、その方法は非常にたくさんあります。
椎間板ヘルニア様の症状を改善させるための治療として主に用いられるのはトリガーポイントブロック、硬膜外ブロック(仙骨部ブロックもこの範疇に入ります)、神経根ブロックなどが代表的です。
トリガーポイントブロックは、痛みを感じている場所そのものに局所麻酔薬を注入する方法でそれほど専門的な解剖学的な知識がなくても行うことができ、手技も簡便なので多くの医療機関で行われています。ただ、原因そのものにアプローチしているわけではないため、対症療法的な側面がどうしても強くなります。
脊椎に関する知識が必要な硬膜外ブロックは脊髄神経を覆い守っている硬膜という膜の外側に麻酔薬を注入浸潤させることによって症状を緩和するものですが、より高度な穿刺手技と解剖学的な知識を要し、薬液を注入するためには狭い範囲に差し当てなければならないなどのことからやや難易度が増します。ただ、原因となる神経により近いところに薬剤を注入することができるため、トリガーポイントブロックと比べて効果を得られる可能性は増します。
神経根ブロックは症状を引き起こしている原因部位である神経根部に直接ブロックを施す方法で、かなり専門的な知識と透視装置などの機器を必要とするため、専門性の高いペインクリニックなどで行われることがほとんどの手技です。ただ、症状を出している場所そのものに特異的にブロックをかけるため効果が得られる場合は非常に”効きがよい”手技だといえます。
お気づきのように神経ブロックでは局所麻酔薬を使用しますが、麻酔の効果はどの程度持続するのでしょうか?
実際にはどんなに作用時間の長い局所麻酔薬でも1日程度ですが、実際にはもっと長い間効果が持続することが知られています。これは痛みに関する悪循環を改善させることによって薬効以上の効果が得られるとするブロック治療そのものの治療意義を反映しています。 入院治療として硬膜外に薬剤投与用の細い管を留置し持続的に麻酔薬を注入するブロック治療もおこなわれています。
麻酔薬による治療なのでどのような疼痛性疾患に対しても必ず効果が得られるような印象を持ちますが、必ずしも効果が得られるわけではなく、まったく効果を感じないという方も中にはいらっしゃいます。これについては手技自体の問題、疼痛の原因そのものによるものなど、疼痛性疾患特有の問題も絡み原因がはっきりしないものも非常にたくさんあります。
外科的治療法(手術治療)
反省の念を込めて述べますと、一昔前は比較的安易に行われるケースもあったようですが、現在、実際に手術治療にまで到達する人はほんの一握りです。このことは先に述べました椎間板ヘルニアの自然歴によるところが大だと考えられますが、その他の問題としては医療の原則 リスク-ベネフィット バランス(risk-benefit balance:リスク(危険性)とベネフィット(得られる利益)を比較した場合、ベネフィットが上回ったときにその治療が正当化されうるとする考え方)を考慮した場合に手術には比較的少ないとはいうものの保存的治療と比較するとやはり大きなリスクが存在し、長期的にみて予期しない事象も含めて患者さんにとって不利に働くきっかけを作ってしまう可能性を持つことから、今日ではなかなかその段階にまで至る人は少ないというのが現実です。
絶対的な手術適応と呼べるものは馬尾症状(膀胱直腸障害などの運動神経障害を持つ比較的重篤な症状)を持つものですが、現実には感覚障害(痛みやしびれ)がほとんどであることも手術治療が第一に選択されにくい原因になっています。それ以外で手術適応となるものは相対的に決定され、たとえ、感覚障害しか存在しなくても日常生活のQOLを長期間著しく障害するものに対しては手術を考慮することがあります。 以下に、代表的な外科的治療(手術治療)を挙げてみます。
経皮的髄核摘出術 | 経皮的 レーザー 椎間板 減圧術 (PLDD) |
経管的 椎間板切除術 |
内視鏡下 ヘルニア 摘出術 |
ラブ法・ 顕微鏡下椎間 板摘出術 |
椎弓形成 ・切除術 |
脊椎固定術 | ||
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皮膚切開 | 小 | なし | なし | 【PELD】 小 |
【MED】 小 |
長 | 長 | 長 |
手術時間 | 1時間 | 15分 | 15分 | 1~2時間 | 2~3時間 | 1~2時間 | 1~2時間 | 2~3時間 |
麻酔の種類 | 全身麻酔 | 局所麻酔 | 局所麻酔 | 局所麻酔 | 全身麻酔 | 全身麻酔 | 全身麻酔 | 全身麻酔 |
術後の安静時間 | 1日 | 1時間 | 1時間 | 1~数日 | 数日 | 1週間 | 1週間 | 1週間 |
入院期間 | 数日 | なし | なし | 0~5日 | 5日~1週間 | 1ヶ月 | 1ヶ月 | 1ヶ月 |
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ヘルニアのタイプと治療範囲は下記の通りです。
全てのヘルニアに全ての手術が適用されるわけではありません。
髄核の一部が移動していますが、線維輪は正常な構造を保っています。 | 髄核が線維輪を突き破って脱出し、後ろの靭帯を持ち上げています。 | 髄核が後ろの靭帯も突き破り、脊柱管内にその一部が移動しています。 | 突き破った髄核の一部が破裂し、断裂した髄核が 脊柱管内に遊離しています。 |
<適応手術> ・経皮的髄核摘出術 ・経皮的レーザー椎間板減圧術(PLDD) ・経管的椎間板切除術 |
<適応手術> ・経皮的髄核摘出術 ・経皮的レーザー椎間板減圧術(PLDD) ・経管的椎間板切除術 |
<適応手術> ・経皮的レーザー椎間板減圧術(PLDD) ・内視鏡下ヘルニア摘出術 ・ラブ法・顕微鏡下椎間板摘出術 |
<適応手術> ・内視鏡下ヘルニア摘出術 ・ラブ法・顕微鏡下椎間板摘出術 |
経皮的髄核摘出術(PN法)
原則的に局所麻酔で行う治療。背部に直径4ミリ程度の管を刺入し、特殊な鉗子を挿入して X線透視下 (もしくはMR透視下)で確認しながら椎間板の一部(髄核)を摘出する。 髄核摘出により椎間板内容積を減らし、全体の内圧を減少させ症状を軽減させる方法。 手術時間は30分~1時間程度。日帰り手術として行われることもある。
経皮的レーザー椎間板減圧術(PLDD)
局所麻酔下で行う治療。治療原理としてはPN法とほぼ同じだがより低侵襲な治療法。
側臥位(横向き寝) で、X線透視下に椎間板に外套となる穿刺針を刺入。穿刺針内からレーザーファイバーを椎間板内に挿入し、位置を確認しながら椎間板内にレーザーを照射し、髄核を蒸散して椎間板内容積を減少させ減圧する方法。治療用の針を刺入して行う方法であるため、傷口が残らず短時間で治療できる。日帰り手術として行われている。高度先進医療認定を受けている治療ではあるが、保険適応外治療。
北青山DクリニックのPLDD手術についてこちら
経管的椎間板切除術(enSpire interventional Discectomy )
局所麻酔下にて行う治療。治療原理はやはりPN法と同じで、椎間板内容積を減らすことによって神経に対する圧力を減らすもの。腹臥位(うつ伏せ)にて透視装置下に治療針を刺入。椎間板内を切削するワイヤ ーを回転させることによって椎間板外に切削した内容物を取り出す。物理的な摘出容積が確認できるのも利点。日帰りで行うことができる治療だが、PLDDと同様に保険適応されておらず、国内ではごく限られた施設でしか受けることができない。
内視鏡下ヘルニア摘出術(PELD・MED法)
【PELD】
局所麻酔でも行える治療。基本的に、うつ伏せの体位で治療を行う。8mm程度の切開で外筒管を刺入し、その管を通して内視鏡を患部まで挿入。内視鏡の映像を画像モニターで確認しながらヘルニアを摘出する。 術野(手術で観察できる可視範囲) が内視鏡の映像範囲に限られるため習熟した医療技術が必要となる。PLDDでは治療効果が十分期待しづらいタイプの椎間板ヘルニアにも対応し得るが、全ての椎間板ヘルニアに対応が可能な訳ではない。手術時間は1時間程度。傷口が小さく日帰りで実施可能。
【MED】
全身麻酔で行う治療。背部を1.5センチ程度切開して外筒管を刺入し、その管を通して内視鏡を患部まで挿入。内視鏡の映像を画像モニターで確認しながらヘルニアを摘出する。 術野(手術で観察できる可視範囲) が内視鏡の映像範囲に限られるため習熟した医療技術が必要となる。堅い構造物を避けにくく、そのために術野が限定されることもあり、後述の顕微鏡下椎間板ヘルニア摘出術と比較すると、摘出範囲が不十分であることもある。 手術時間は1時間程度。傷口が小さく入院期間は5日~10日程度。
ラブ法・顕微鏡下椎間板摘出術
全身麻酔下で行う手術。腹臥位で背中側から5~6センチ程度切開し腰椎の一部を削り、靭帯の一部を切除してヘルニアを摘出する手術。近年は顕微鏡下手術の発達により安全性が増し、比較的小さな傷口で手術を行うことができるようになってきている。また、靭帯の再建など正常構造物を回復させるような手段も発展してきている。 手術時間は1~2時間程度。術後経過にもよるが1~3週間程度の入院期間。
椎弓形成・切除術
全身麻酔で行う手術。脊髄を囲む椎体骨の後方成分を切除したり、一度解放し取り外した椎弓を加工して脊柱管を広げて還納し神経への圧を減らす方法。椎間板ヘルニア特有の手術方法ではなく、椎体骨の変形などがあっても治療が可能。
脊椎固定術
全身麻酔で行う手術。これも椎間板ヘルニアに特異的な治療方法ではない。 脊椎に不安定さが増して神経への影響が生じた場合に骨を削ったり、ずれた骨を固定することによって椎体そのものの安定度を増し症状を改善させることを目的としたもの。頸椎では前方侵入でヘルニアや骨の変形を取り除く場合この方法がとられる。固定には自家骨や人工の医療用金属が用いられる。
手術治療の場合、多くの方は手術直後から症状が全く消失し、健常だったころと同様に即座に使えるように考えていらっしゃるようですが、実際にはそうではありません。 症状が比較的早期に取れやすいものの、正常構造もしくは慣れ親しんだ構造を短時間で急に変えてしまうことから、実際にしっかり使用できるようになるまでに6か月~1年かかることがほとんどです。
代替治療との付き合い方
保健施設では受けることができない多くの治療法が世の中には存在し、患者さんの感想だけから判断すると一定の効果が得られているような印象はあります。具体的にはマッサージ、整体、整骨院、鍼灸、カイロプラクティック、AKAなどその名があまり通っていないものまで含めればかなりの数があるのではないでしょうか?
治療原理や原則について深い知識が無い我々がそのそれぞれについて言及するのは避けますが、実際に治療を受けてこられた方の情報などから考えるに、こうした治療で根本的な改善を望むのは非常に難しいと思います。その多くは痛みなどによる周辺組織の緊張を取るような手法がとられているようです。 いずれの治療も良い結果、悪い結果どちらの報告もあり、客観性に欠けます。したがって彼らの伝統的な手法がどの程度医学的根拠を持っているのかについては全く分かりません。これは、実施施設からの情報の発信がないことによるため、確かな情報がない状態で、どの程度の改善率なのかを根拠を持って説明することは我々にはできません。
保存的治療と手術治療との距離が非常に遠い椎間板ヘルニアにとってこうした治療はある意味必要なのかもしれませんが、お互いの発展のためにも双方向性の情報交換が必須だと思われます よく「…という治療はどうですか?」と尋ねられますが、我々が判断するに十分な情報が無く答えに窮するというのが本当のところです。 こうした治療を受ける際にはやはりご自身で判断して頂くほかないかもしれません。