肝臓がんとは

1.肝臓とは

肝臓は、上腹部の右側に位置し、肋骨に囲まれており、成人で重さが800〜1200gと人体で最も大きいくさび型の臓器です。肝臓は、全体の3分の1を占める左葉と残り3分の2を占める右葉に分かれており、冠動脈、門脈、胆管といった三本の管によって肝臓に、酸素や栄養を含んだ血液が流れています。肝臓は様々な役割を持ちますが、その中でも大きく分けると物質の代謝、解毒、そして胆汁の生成の3つが挙げられます。

①物質の代謝

肝臓は、消化管で消化・吸収された栄養素を取り込み、何百種類もの酵素が働き代謝(分解や再合成)しています。代謝された栄養素は肝臓に蓄えられたり、血液中に放出されたりします。血液内の浸透圧を維持することで、血液の循環機能を正常に保ったり、酵素やホルモンなど色々な物質とくっつき、目的地へ運ぶなどの役割を持つアルブミンや、出血を止める凝固因子(blood-clotting factor)なども肝臓内で合成され、血液中に放出されています。

②解毒

肝臓は、消化管から門脈を介して、栄養素だけでなく、食品添加物、薬物、アルコール、そして細菌など体内外で生成または摂取した有害物質をも取り込み、分解・解毒(detoxification)し腎臓などに排出しています。

③胆汁の生成

肝臓は、脂肪の消化や吸収を助ける胆汁を生成する役割も担っています。胆汁は胆管で分泌され、胆のうで保管・濃縮されて、必要に応じて十二指腸に排出されます。胆汁は膵液とともに脂肪の分解を補助しています。


国立がん研究センター 「がん情報サービス」より

2.肝臓がんとは

肝臓がんには、肝臓自体から発症する「原発性肝がん」と、他の臓器のがんから転移することで発症する「転移性肝がん(続発性肝がん)」の2種類があります。原発性肝がんの90%以上は、肝臓の細胞ががん化する「肝細胞がん」であり、一般的に「肝がん」、「肝臓がん」という場合、この肝細胞がんのことを指します。肝細胞がんのほかに原発性肝がんには、肝臓内にある胆管の細胞ががん化する「肝内胆管がん」や肝細胞がんと肝内胆管がんのハイブリッドである「混合型」、小児の肝臓に発生する「肝芽腫」などがあります。転移性肝がんは、他の臓器のがんが血液の流れなどによって肝臓にたどり着いたものが大きくなったものです。肝臓に存在するがんとはいえ、肝臓がんとは別の種類であるため、肝臓がんと同じ治療が適応になるとは限りません。

3.肝臓がんの原因

原発性肝がんの9割を占めている、肝細胞がんの役80%が肝炎ウイルスの長期感染によって発症しています。肝臓がんの成因うち、約65%がC型肝炎ウイルス(HCV)でこれが最も多く、約15%のB型肝炎ウイルス(HBV)が続きます。肝炎ウイルスに感染すると、C型肝炎で約70%、B型肝炎で約10%が発症ののち慢性肝炎に陥ります。慢性肝炎の状態で炎症が持続すると肝臓の繊維化が進行し、肝硬変に至ります。さらに、肝硬変になることによって、肝機能が著しく低下して肝臓がんが発症しやすくなります。ウイルス感染以外の肝臓がんの発生要因としては、大量飲酒、喫煙、そして食事性のアフラトキシン(カビ由来の毒素の一種)などが挙げられます。また近年では、アルコール摂取がほとんどないにもかかわらず、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)から肝硬変、肝臓がんへと陥るケースが顕著に増加しています。NASHになってしまう原因は明らかになってはいませんが、糖尿病、脂質異常症、高血圧などの因果関係が見受けられます。肝臓がんの発症を防ぐためには、肝炎ウイルスの感染予防、節度のある飲酒、食生活の改善、適度な運動などが挙げられます。

4.肝臓がんの症状

肝臓は「沈黙の臓器」の異名を持つほどに、肝臓がんの初期には自覚症状がほとんど見られません。初期の段階の肝臓がんで確認され得る自覚症状のほとんどが、肝炎・肝硬変などの肝臓がんの発生要因である肝臓障害に由来するものです。肝炎・肝硬変の症状として、食欲不振、全身倦怠感、そして腹部膨張感などがあげられます。また進行した肝臓がんでは、腹部のしこりや圧迫感、がんの破裂による腹部の激痛や貧血などが症状として現れます。

5.肝臓がんの進行度(病期)と肝障害度

肝臓がんの進行度の指標として、TNM分類が一般的に用いられます。T(Tumor)は原発巣の大きさや個数、N(Nodes)はリンパ節への転移の程度、そしてM(Metastasis)は遠隔転移の有無をそれぞれ示しています。Tは、1~4に分類され、さらにT1期においてはa、bに細分化されます。N、Mは0、1にそれぞれ分類されています。また肝臓がんにおいては、病期のほかに治療方針の指標のひとつとして肝障害度を確認します。肝障害度は、肝臓の機能の程度を表すものであり、肝機能の状態によって、A、B、Cの三つの段階に分類されます。また、肝硬変の程度を示す、チャイルド・ピュー(Child-Pugh)分類が治療方針の指標の一つとして、用いられることがあります。チャイルド・ピュー分類に関しても、
A、B、Cの三段階に分けられます。

①肝細胞がんの病期分類(日本肝癌研究会)

②肝細胞がんの病期分類(UICC第8版)

③肝障害度

④Child-Pugh分類


いずれも国立がん研究センター 「がん情報サービス」より

6.肝臓がんの予後

がんの多くは、根治的治療後では約5年ほどで再発するなどといったことがなくなり、5年再発が起こらなければほぼ治癒と考えられています。しかし、肝臓がんは再発が起こりやすく、肝炎や肝硬変がある限り新たながんが発生するために、根治が非常に難しいがんといえます。全国がんセンター協議会の生存率共同調査によると、ステージⅠの段階であっても5年相対生存率は約60%と、他の臓器のがんに比べると低い値となっていますが、10年生存率をみると20%強にまで落ち込みます。一般的ながんでは、ステージⅠだと5年生存率と10年生存率はほとんど変わりませんが、肝臓がんの場合は発見が比較的早期で根治的治療を行えたとしても再発するリスクが高いことが特徴です。

「全がん協加盟施設生存率共同調査」より

7.肝臓がんの検査と診断

肝臓がんの検査は、CT検査、MRI検査、そしてエコー検査などの画像検査と、腫瘍マーカー検査を組み合わせて行います。

①CT・MRI検査

CT検査では、X線を用いて体を断層的に描き出すことにより、がんの性質や分布、転移の有無を調べます。より詳しく情報を得るために、造影剤を使用しながら検査を行うのが一般的です。MRI検査では、磁気を用いて人体を描出します。必要に応じて、CT検査と組み合わせて行われることがあります。

②エコー(超音波)検査

エコー検査は、超音波を発する器具を体に当て、臓器によって反射された超音波の様子を画像化することによって、がんの大きさや個数、がんと血管の位置、広がり、肝臓の状態、そして腹水の有無などを調べる検査です。しかし、肝臓内のがんの場所や皮下脂肪の厚さによっては、検査が困難あるいは十分な検査結果が得られないケースがあります。

8.肝臓がんの治療

肝臓がんの治療では、肝切除、ラジオ波焼灼療法(RFA)、冠動脈化学塞栓療法(TACE)が一般的な治療法となります。肝臓がんを患っている患者さんの多くは、慢性肝疾患も発症している方がほとんどであるため、がんの病期だけでなく肝障害度も併せて治療の方針を決定します。


国立がん研究センター 「がん情報サービス」より

①手術(外科治療)

手術の是非は、Child-Pugh分類がAまたはB且つ肝障害度に基づけられた肝機能の評価がよい場合、切除時に肝臓をどれだけ残すことができるかによって総合的に判断されます。

1)肝切除
肝切除は、がんを周辺の肝臓組織ごと手術によって切除する治療です。一般的にがんが肝臓内にとどまっており、がんの個数が3個以下の場合に行います。ただし、腹水が確認できる場合は、術後に肝不全を起こす可能性が高く、通常は肝切除以外の治療法を選択します。直径2~10㎜の内視鏡をおへその周囲から腹腔に挿入して、モニターに映し出された映像を観察しながら行われる腹腔鏡手術は、手術に適している場所が限られており、多くは開腹での手術が行われています。

2)肝移植
肝移植とは、臓器提供者(Donner)の肝臓を摘出して患者さんに移植する治療法です。Child-Pugh分類に基づいた肝硬変の程度がCの場合に勧められる治療です。肝硬変がここまで進んでしまうと通常の外科手術である肝切除をした場合に残存した肝臓が十分な機能を果たせません。がんを含む肝臓全体を切除し、正常な機能を有する完全に別の肝臓に変換するしか改善を期待できる方法がないのです。肝移植はミラノ基準と呼ばれる、肝臓以外への転移・脈管への広がりがない、がんが一つの場合は5㎝以下、そしてがんが複数の場合は3個以下で3㎝以内といった3つの基準を満たす必要があります。日本では、親族の方が臓器提供者となる「生体肝移植」が実施されています。

②穿刺局所療法

穿刺局所療法とは、体外から針を通して局所的に治療を行う療法であり、手術と比較して術後の体への負担が少ないことが特徴です。一般的に、Child-Pugh分類に基づいた肝臓の状態がAまたはBであるうち、がんの大きさが3㎝以下且つ、個数が3個以下の場合に手術が行われることがあります。

1)ラジオ波焼灼療法(RFA)
特殊な針を体外から肝臓に直接通し、通電することで針の先端に高熱を発生させ、がんを局所的に焼灼して死滅させる療法です。治療時には、腹部での局所麻酔のほかに、焼灼で生じる痛みに対し鎮痛剤を用いたり、静脈からの麻酔を行います。

2)その他の療法
従来の穿刺局所療法として、体外からエタノールを注入してがんを壊死(Necrosis)させる、経皮的エタノール注入(PEI)、マイクロ波によってがんを焼灼する、経皮的マイクロ波凝固療法(PMCT)が存在します。

③肝動脈化学塞栓療法(TACE)、肝動脈塞栓療法(TAE)、肝動注化学療法(TAI)

これらの治療は、CT画像で体内を観察しながらカテーテルを入れて、標的となるがんに対して行われます。Child-Pugh分類での肝臓の状態がAまたはBであるうち、がんの大きさが3㎝を超えた2~3個のがん、または、大きさに関係なく個数が4個以上のがんに対して行われることがあります。がんの分布範囲が広い場合、治療を複数回に分けて行います。

1)肝動脈化学塞栓療法(TACE)
血管造影に用いられたカテーテルを肝動脈まで進め、がん細胞の増殖を抑制する細胞障害性抗がん剤と、がんに取り込まれやすい造影剤を混ぜ合わせて注入し、その後に塞栓物質を注入することで、がんに栄養を運搬している血管を塞いで、がんへの血流を減らして兵糧攻めにする療法です。

2)肝動脈塞栓療法(TAE)
肝動脈塞栓療法(TAE)では、カテーテルから肝動脈に塞栓物質のみを注入して、がんに栄養を運んでいる血管を塞ぎます。

3)肝動注化学療法(TAI)
肝動注化学療法は、カテーテルから肝動脈に細胞障害性抗がん剤を注入する療法です。


肝動脈塞栓療法(TAE)と肝動注化学療法(TAI)
国立がん研究センター 「がん情報サービス」より

④薬物療法

肝臓がんにおける薬物療法は、分子標的薬を用いた分子標的治療が標準治療となります。手術、穿刺局所療法、肝動脈化学塞栓療法(TACE)を行うことができない進行性のがんで、肝臓の機能が良好である場合に行われることがあります。

⑤放射線療法

放射線療法は、現段階では研究結果が十分ではないため、標準治療として確立はされていません。骨転移による疼痛緩和や、脳に転移した場合での治療、そして血管に広がったがんに対しての治療を目的として行われる場合があります。

⑥先端的治療法

肝臓がんは、肝硬変と合併するケースがほとんどであることから治療が極めて困難な場合が多いこと、治療後の再発が多いことなど、さらに先端的な治療の開拓が求められます。免疫療法の一つであるペプチドワクチン療法、遺伝子治療に含まれるCDC6 RNAi療法などがこれからの治療として期待されます。いずれも、がん細胞だけをターゲットにしているため正常細胞にダメージが少ない体に優しい治療法です。

1)ぺプチドワクチン療法
がんが細胞表面にもっている特有のタンパク質であるペプチドを人工的につくり、体外から注入することで、免疫細胞がそれまで見逃していた攻撃ポイントを提示することができます。それにより、免疫細胞のがんに対する攻撃力を大きく増強させて、がん細胞だけを狙い撃ちさせる治療法です。

2)CDC6 RNAi療法
がん細胞の細胞分裂時に大量に発生している細胞周期ライセンシングファクターを、遺伝子治療の一つの手法であるRNA干渉によって消失させる治療法です。正常細胞にはダメージを与えずに、がん細胞のみアポトーシス(自殺)させることができます。それによりがん細胞の消滅を促します。自殺モードに誘導できなかった場合でも、がん細胞の分裂を止めて老化モードに入れることによりがんの活動を休止させることが期待できます。