胃がんとは

1.胃がん

①胃の役割

消化器系の主体は、食道から肛門までの長い管状の器官(前長約10m)で、それぞれ特別の役割を担う複数の臓器(食道・胃・十二指腸・小腸・大腸)で構成されています。消化器系にはさらに、消化を助ける酵素を分泌する臓器(肝臓・胆嚢・膵臓)も付随します。これら消化器系を構成する臓器の中でも胃は非常に重要な臓器です。
胃の役割として以下の4つが挙げられます。

  1. 食物の一時的な貯蔵
    胃は非常に伸縮性に富む袋状の臓器で、大量の食物を一時的に貯蔵することができます。この貯蔵効果のおかげで、胃より先の消化管で食物を少しずつ時間をかけて消化することができます。
  2. 食物の粉砕および攪拌
    胃の壁は、強力な収縮運動を繰り返すことができる筋肉により主として構成され、食物を細かく砕いて混ぜ合わせることができます。それにより食物は粥状のドロッとした状態になり、小腸に送られた際に消化が容易になります。
  3. タンパク質の消化
    胃の壁の内側は粘膜になっており、それを構成している細胞は分泌腺の構造をなしており、胃液を分泌することができます。胃液には、タンパク質分解酵素、塩酸、そして粘液の3つの成分が含まれています。タンパク質分解酵素はペプシンと呼ばれ、肉や魚などのタンパク質を分解し、より吸収されやすいペプトンに変えます。塩酸を含む胃液は強い酸性(pH:1~2程度)を示し、消化酵素の活性効果と細菌を殺して食中毒を予防する効果を併せもっています。
  4. ビタミンB12の吸収
    体が酸素を運ぶ赤血球をつくり、神経系の機能を維持する上で、ビタミンB12が必要不可欠です。胃はこのビタミンB12が吸収できるように特殊な物質(内因子)を放出しています。

②胃の構造

胃は食道に続く消化化管の一部で、十二指腸、小腸へとつながっていきます。胃の壁は五層構造になっており、最も内側にある粘膜が消化液や粘液を分泌する重要な役割を担っています。胃がんの大半はこの粘膜を構成する細胞が突然変異してがん細胞に変わることによって生じます。


国立がん研究センター がん情報サービスサイト より

  1. 胃の各部の名称
    胃は食道の出口に隣接する噴門から始まります。噴門につながる拡大した部分は噴門部と呼ばれます。噴門部の左側に胃は大きく袋状に盛り上がっておりその部分は胃底部と呼ばれます。胃の上部にあるにもかかわらず底という名がついているのは、ラテン語やドイツ語の解剖用語でナイフが空洞状の臓器や器官の一番奥の部分を指す「fundus」が底と訳されたからです。胃底に続く最も大きな部分が胃体で、その先の胃の出口に近い部分が前庭と呼ばれます。胃の出口は幽門と呼ばれます。

    Wikipediaより

  2. 胃壁の構造
    胃を作っている壁(胃壁)は5層に分けられ、内側から順に、「粘膜」「粘膜下層」「固有筋層」「漿膜下層」「漿膜」となります。
    ・粘膜
    消化液、粘液を分泌する最も重要な部分です。粘膜細胞は頻繁に分裂・増殖を繰り返すため細胞の変異を起こしやすく胃がんの大半はここから発生します。
    ・粘膜下層
    この部分はリンパ管、血管、神経などが走行しています。
    ・固有筋層
    食べ物を砕き先に送るために必要な、胃の蠕動運動を担う筋肉の層です。粘膜に生じたがんが進行して、この筋肉層まで達するとがん細胞は血管やリンパ管に入り込みやすく転移する可能性が大きくなります。
    ・漿膜下層、漿膜
    漿膜は胃などの内臓臓器を一つの臓器としてまとめているだけではなく、隣接する臓器と互いにつなぎ止めて、内臓がバラバラにならないようにする支持機能があります。

2.胃がんとは

①胃がんの罹患率、死亡率

胃がんは、日本人にもっとも多く発生するがんです。がん患者さんの5人に1人は胃がんです。罹患率、死亡率ともに男性の方が女性よりも大きく、男性の罹患率は女性の2倍にもなります。一方、女性の胃がんは発見時にすでに進行していることが多く(その原因は不明)、発生率が低いわりに死亡率は高いのが特徴です。
がんの罹患率を部位別にみると、胃がんは男性で第1位、女性では乳がん、大腸がんに次いで3位となっています。死亡率は、男性は肺がんに次いで2位、女性は大腸がん、肺がん、膵臓がんに次いで4位となっています。

●2014年の罹患数(全国合計値)が多い部位は順に

●2017年の死亡数が多い部位は順に


国立がん研究センター がん情報サービス より

②胃がんの種類と性質

胃がんは胃壁の粘膜の細胞ががん化する「上皮がん」と、粘膜の下の組織から発生する「非上皮がん」の二つに大別されます。一般的に胃がんとは上皮がんのことを指し、非上皮がんは比較的稀です。胃の上皮ガンのうち、ほとんどが「腺がん」ですが他に「扁平上皮がん」などがあります。
がんはそもそも放っておくと命にかかわる悪性疾患ですが、種類によってその悪性度が異なります。腺がんは悪性度が比較的低い「分化がん」と悪性度の高い「未分化がん」に分類されます。分化がんは成熟した(分化した)細胞が突然変異によりがん化したもので、未分化がんは成熟していない細胞ががん化したものです。成熟している細胞の方が、幼い細胞に比べて成長が遅く、幼い細胞、つまり、未分化(低分化)であればあるほど成長が速いので、未分化がんの方が細胞の悪性度は大きくなります。未分化ガン成長速度が速く、周囲の組織に浸潤しやすい性質をもちます。

③胃がんの形態

早期胃がん

がんが胃の粘膜または粘膜下層の範囲にとどまるものです。早期胃がんは、0型(表在型)と呼ばれ、肉眼で見るとがんは周囲より若干盛り上がっているか、凹んでいる(陥凹)しているに過ぎません。0型は次の亜型に分類されます。

  • 0-Ⅰ型(隆起型)
    がん全体が周囲から粘膜の厚さの2倍以上(5㎜以上)盛り上がっており、正常組織との境界が比較的明瞭です。
  • 0-ⅡA型(表面隆起型)
    がんが粘膜表面からわずかに盛り上がった(5㎜未満)ものです。
  • 0-ⅡB型(表面平坦型)
    がんは平坦で、表面は隆起も陥没もせず粘膜内にとどまっています。
  • 0-ⅡC型(表面陥凹型)
    がんの表面が周囲より陥没していますが粘膜内に病巣がとどまっています。
  • 0-Ⅲ型(可能型)
    がんの中央が陥没し、病巣は粘膜を貫通して粘膜下層に達しています。
  • 混合型
    上記が混じり合った形態を示すものです。
    ※早期がんの80%がⅡCもしくは混合型です。
進行胃がん

がんが粘膜下層を貫いて筋層より深いところまで進展した状態です。

  • 1型(T1:腫瘤型)
    がんは明瞭に盛り上がり周囲との境界は明瞭です。粘膜下層を貫通し固有筋層まで達しています。
  • 2型(T2:潰瘍限局型)
    がんは潰瘍を形成し盛り上がった胃の壁(周堤)が周囲を取り囲んでいます。正常な粘膜との境界は明瞭です。
  • 3型(T3:潰瘍浸潤型)
    2型と似て潰瘍を形成していますが正常粘膜との境界は不明瞭です。
  • 4型(T4:びまん浸潤型)
    明らかな潰瘍、隆起、周堤がありません。がんは胃壁の中を這うように広がり胃壁が厚くなります。正常組織との境界は不明瞭です。スキルス胃がんはこのような形状を示します。
  • 5型(分類不能型)

    日本胃癌学会(編).胃癌の肉眼型分類.胃癌取扱い規約,14版.金原出版,より編集

④胃がんの病期(ステージ)

胃がんの病期(ステージ)は、次のTNMの3種のカテゴリー(TNM分類)の組み合わせで決めます。
Tカテゴリー:がんの深さの程度(深達度)
Nカテゴリー:リンパ節への転移の有無
Mカテゴリー:遠くの臓器への転移(遠隔転移)の有無


日本胃癌学会編「胃癌取扱い規約第15版(2017年10月)」(金原出版)より

病期はがんの進行状態を表すもので、早期のステージⅠAから最も進行期のステージⅣまで以下の8段階に分類されます。

  1. ステージⅠA
  2. ステージⅠB
  3. ステージⅡA
  4. ステージⅡB
  5. ステージⅢA
  6. ステージⅢB
  7. ステージⅢC
  8. ステージⅣ


日本胃癌学会編「胃癌取扱い規約第15版(2017年10月)」(金原出版)より

早期胃がん内視鏡像

進行胃がん内視鏡像

3.胃がんの予後

胃がんはステージⅠで発見できれば95%以上の確率で根治できます。一方で、腹膜播種や大動脈リンパ節転移など進行した胃がんの5年生存率は8%に届きません。
他のがんと同様に胃がんで命を落とさないようにするためには、その予防に心がけることと、できるだけ早期に発見して早期に治療をすることが大切です。
胃がんの早期発見のためには胃内視鏡検査を受けることが最も有効と考えられています。

4.胃がんの予防

①胃がんの発症の原因

一般的にがんは生活習慣の影響を大きく受けます。ときに遺伝的要因で発症することもありますが、 胃がんは特に生活習慣における発症の危険因子を取り除くことで発症のリスクを下げることが期待できます。

胃がん発症の原因
  • ヘリコバクターピロリ菌感染
  • 塩分摂取過多
  • ヘビースモーカー
  • 常習飲酒
  • 腺腫、腸上皮化生がある
  • 発がん物質暴露
  • 遺伝的要因

②胃がんを予防する食事

胃がん発症の予防には食生活の管理が非常に重要です。胃の粘膜に対して刺激の強い食事を取り過ぎると胃粘膜が損傷受け胃がんに進展しやすくなります。胃がんとの関連性が大きいと考えられているものをいかに列挙します。

▼胃がんを発症しやすい食べ物
  • 塩分
    厚労省の研究班が1990年から10年間にわたって国内の40~50代の男女約4万人を対象とした調査では、塩分の含有量が10%ほどの日本の伝統食であるイカの塩辛、ウニ、いくら、たらこなどを毎日食している人は、サラダなどの非伝統型食事を摂取する人に比べて男性では最高2.9倍、女性では2.4倍、胃がんの発症率が高いことが示されました。
  • アルコール
    過度の飲酒が、胃酸の分泌量を増やし胃の粘膜を損傷することについては多くの報告があります。刺激物の摂取は胃に大きなストレスを与えるだけでなく胃粘膜を損傷して炎症や潰瘍を引き起こします。これらの胃粘膜の異常が発がんを誘発することになります。
▼胃がんを予防する食べ物
  • 緑茶
    厚労省の研究班が2004年に公表した解析によると緑茶には胃がんの発症予効果があることが示されました。報告では、1日に緑茶を5杯以上飲む女性は一杯未満の女性に比べて胃がんの発症率が半分以下になるとのことでした。緑茶が胃がんの発症の予防効果を持つ理由として有力なのは、緑茶中のポリフェノールの一種カテキンがもつ抗酸化作用と抗菌効果とされています。しかし、2001年に東北大学の研究グループから発表された緑茶と胃がんの発症率には関連性がないという報告は主要な医学専門誌に大きく報じられており、この種の調査の難しさを感じます。
  • 牛乳
    1994年、鹿児島大学の衛生学教室は、男性の胃がんによる死亡率の高い地域と低い地域を比較して、死亡率の低い地域で意識的に摂取されている食品は牛乳だけであったという報告をしています。WHOの統計にも、世界的に牛乳の消費率が高い地域ほど胃がんの発症率や死亡率が低いというデータがあります。
  • 野菜、果物
    野菜や果物をよく食べる人はそうでない人に比べて胃がんになりにくいことを示す統計報告は多数あります。例えば、世界がん研究基金とアメリカのがん研究財団の研究報告では、1日に200gの野菜を食べる人の胃がん発症の危険度を1とした場合に、400g食べる人は危険度が0.3、まったく食べない人は2となることが示されています。果物については1日70g食べる人の危険度を1とすると300g食べる人は0.4に低下しています。野菜や果物に含まれるビタミンCが特に効果があると考えられています。

③ヘリコバクターピロリ菌

ピロリ菌(ヘリコバクタ―ピロリ菌)感染は、胃がん発症の原因の一つとして最も注目されています。ピロリ菌は幼少時の飲食物(飲料水)が原因で感染します。幼少時に井戸水を飲む世代では特に感染率が増えることがわかっています。ピロリ菌が感染した胃には慢性的な炎症が生じ、胃粘膜の萎縮が進んで、腸上皮化生と呼ばれる、「前がん状態」に陥ります。
一方で、 ピロリ菌の殆どは除菌薬の内服で駆除することができます。成人期に駆除できれば再感染のリスクは殆どありません。ピロリ菌の除菌が進んで、感染者数が減れば胃がんの発生率や死亡率は徐々に減っていくと考えられます。ピロリ菌感染の有無や、胃粘膜の状態を確認するためには、胃内視鏡検査を受けることが理想です。

閑話休題: 「ピロリ菌に無関係の胃がんが増えている」
ピロリ菌感染がないのに発生する胃がんに「食道胃接合部がん」があります。これは字の通り食道と胃の接合部(つなぎ目)を中心に発生するがんで、ピロリ菌感染がない方にむしろ発症します。ピロリ菌感染がないと胃粘膜は萎縮しないので胃酸の分泌が保たれています。胃酸はストレスによっても分泌が促されます、過度に分泌された胃酸が胃から食道の方に逆流すると、逆流性食道炎が発生します。これにより、食道の粘膜に傷がつき、バレット上皮と呼ばれる変化を来すことがあります。バレット上皮が広がるとそれを背景にがんが発生しやすいことがわかっています。このようにピロリ菌感染がない方にも、食道胃接合部がんというタイプのがんが発生することがあるのです。
アメリカではピロリ菌感染が少ないのですが、この食道胃接合部癌が多く見られます。原因として肥満が最も有力視されています。肥満により腹圧が上がり胃酸の逆流が誘発されます。それにより食道胃接合部の亀裂が進んでバレット上皮が広がると考えられています。日本人はアメリカのように肥満体型の方は多くないのですが、胃食道接合部がんは増えています。

5.胃がんの検査と診断

①胃がんのスクリーニング検査

胃がんは初期には特有の症状がありません。何ら症状がなくても定期的に(1年に1回が目安)スクリーニング検査を受けることが胃がんの早期発見のために極めて重要です。

  • X線検査(バリウム検査)
    バリウムと発泡剤を飲んで胃をX線で透視撮影する検査です。胃内視鏡検査が普及する前は、胃がん早期発見のために主力となる検査法でした。
  • ペプシノーゲン検査
    血液中のペプシノーゲン濃度を測定して、胃粘膜の萎縮度を判定します。これは、胃がんを同定するものではなく、胃がん発生の危険度を判定するものです。
  • 内視鏡検査 (胃カメラ)
    先端にカメラが装着された細いファイバーを胃の中に挿入して、胃粘膜を観察する検査です。直接組織を採取して病理検査をすることもできるため、胃がんの確定診断をすることが可能です。胃がん早期発見のために最も有効な検査法です。

閑話休題: 「医師は検診でバリウム検査を受けない」
日本人にとって“がん”と言えば“胃がん”という時代がありました。命を落とすがんの最たるものが胃がんであると考える方は今でも少なくはないでしょう。会社検診や公的検診の中で「胃検診」はしばしばルーチンで実施されほとんどが「バリウム検査」を採用しています。このおかげで胃がんは早期発見が可能となり、胃がんの死亡率が減少してきました。
胃がんで命を落とす方は年間4万5千人程度と肺がんに次いで第2位ですが、1970年以降男女とも胃がんの死亡者数は確実に減っています。一方で、胃がんの罹患数(発生数)は着実に増えていて、現在年間13万人を超える方が胃がんを発症しています。発生数が増えているのにそれによる死亡者数が減っているのは、胃がんが早期発見/早期治療の点で他のがんに比べて特に進んでいるから、特に胃バリウム健診が普及しているから、ということなのでしょう。

医師はバリウムを飲まない
しかし、これはあまり知られていないかもしれませんが、多くの医師が自分の胃がん検診を行う際に、バリウム検査は選択しません。胃・食道・十二指腸で構成される上部消化管の検査を行う目的であれば、医師が選択するのは、胃内視鏡検査(胃カメラ)です。胃内視鏡検査が登場する前には、早期胃がんを発見する方法として胃バリウム検査は非常に重宝されていました。バリウムを飲んだあと、発泡剤により胃の中にガスを溜めてレントゲン撮影を行うもので、胃透視検査とも呼ばれます。バリウムはレントゲンを透過しません。レントゲン撮影するとバリウムの部分は白く写ります。胃がんの殆どは胃の内面の粘膜から発生して凹凸を作るため、バリウムが付着して胃の粘膜面が崩れると、レントゲン撮影によりその部分が不整な白い部分として捉えられるのです。胃内視鏡検査が普及するまでは、このバリウム検査は胃がんの検出法として画期的な検査法でした。 ところが、極めて早期な胃がんは、粘膜面にはっきりと凹凸を作らないことが多々あり、バリウム検査では発見が困難です。また、検査のために飲み込んだバリウムにより便秘になってしまうことがあります。さらには腸閉塞を来してしまうこともあります。また、バリウム検査では放射線被爆が避けられません。
その点、胃内視鏡検査は、バリウムを飲む負担や放射線被爆のリスクがありません。粘膜の不整がまだごく軽度の早期胃がんの発見も可能です。検査の際に組織採取もでき確定診断が可能です。バリウム検査で病変が疑われたら精密検査として胃内視鏡検査を受けなければいけないのは診断を確定するためです。
ただし、胃内視鏡検査は、相応の太さの管(内視鏡)を検査中にずっと飲み込んだままなので、検査中に痛みや呼吸苦などを伴います。また、消化器の専門医など限られた医師が実施するので大衆検診には向かないとされていました。ところが、最近は検査中に適切な麻酔薬を用いて眠ったまま内視鏡検査を受けられる方法が選択できるようになりました。かつては「内視鏡検査を受けるくらいなら(苦痛極まりないので)死んだほうがましだ。」というような声をしばし耳にしましたが、この技術を用いれば、内視鏡検査は何ら苦痛なく実施することが出来ます。内視鏡検査を受けた方々が発する声は、今では「これなら毎日でも内視鏡検査を受けられる。」に変化しています。
https://naishikyou.jp/

②胃がんの広がりや転移を確認する検査

胃がんの診断が確定したら、最適な治療法を決定するために、がんの大きさ・広がり・リンパ節や他臓器への転移状態などを確認するための検査が必要になります。

  • CT検査
    X線投資画像をコンピューターで処理し人体の輪切り映像に再構成して表示する検査です。ヘリカルCTやマルチスライスCTなどを用いると人体を3次元映像で表現することも可能になりました。
  • 腹部エコー検査
    人間が捉えられない高周波の音波を利用して体内部の状態を確認する検査です。患者さんに負担のかからない簡便で痛みのない検査です。
  • MRI検査
    磁場を利用して体内の情報を画像化するものです。CTでは十分に鮮明な映像が得にくい骨や骨盤内の検査に有効です。CTと異なり放射線被ばくがありません。
  • PET検査
    放射線の一種である陽電子を利用して、糖の代謝がはげしい部位を特定します。
    がん細胞がブドウ積極的に取り込む性質があることを利用したものです。
  • 腹腔鏡検査
    腹腔鏡を用いて開腹せずに腹腔内の状態を確認する方法です。腹膜播種の存在がないかどうかを調べる際に主として用います。全身麻酔が必要になります。スキルス胃がん※ の際にしばしば用いられる方法です。
    ※スキルス胃がん
    胃がんは早期発見して確実に切除すれば治る病気ですが、例外もあります。
    「スキルス胃がん」という、原因が明らかではなく、粘膜の下を這う厄介なタイプの胃がんです。胃がんの中での発生頻度は1~5%と比較的少ないのですが、20歳代でも発症します。発見が難しいために相当に進行した状態で確認されることが殆どで、根治的治療は極めて難しくなります。膵臓がんと並び「難治がん」に位置付けられ、根治的手術が選択できることは極めて少なく、延命目的の保存療法(化学療法)の選択肢しかない場合が多いです。
    スキルス胃がんに対しては、免疫チェックポイント阻害剤による治療や、これからの治療である遺伝子治療など、新たに有効な治療法が求められます。

6.胃がんの治療法

①胃がんの治療のガイドライン

がんの治療は、完全に治すことを目指す「根治的な治療」と、完全に治すことはできない状態になってしまった場合の延命や症状の緩和を目標とする「姑息的治療」に大別できます。
胃がんに限らず固形がん(白血病などの血液がん以外の塊を作る一般的ながん)の根治的な治療として、手術によって全てのがん細胞を完全に除去すること以上に確実なものはありません。ただし、手術で完全胃除去することが困難ながんが体内に拡散した(目に見えないレベルであってもリンパ節や腹膜、肝臓、肺などの他の臓器に転移した)状態では手術による根治的な切除は不可能になります。この場合は主として抗がん剤を用いた化学療法や放射線治療が選択されることになりますが、胃がんは特に抗がん剤の効きがよくないことや、化学療法を専門とする腫瘍内科医や放射線治療を専門とする医師の数が比較的少ないことなどから、手術以外の方法では十分な治療効果が得られていないのが現状です。
胃がんの治療法は下記の日本胃がん学会が提示するガイドラインに基づいて行われます。まず、遠隔転移があるかどうか(M0 or M1)、次いで、胃がん胃壁のどの程度まで進達しているか(T1~T4b)、さらにリンパ節転移があるか(N0 or N1)などの指標から治療法が選択されます。


日本胃癌学会 胃癌治療ガイドラインより

胃がんに限ることではありませんが、治療技術が発達した現代においても、がん治療には不確実性(癌の病期によっては完全に根治できない可能性がある)があるので、従来の医療のように医療側が良いという考える治療を患者さんに押し付けるのは望ましくないと考えられるようになりました。医療は不確実性をもち、治療には複数の選択肢があり、患者さん側の人権、価値観そして尊厳を重視すべきであることが強調されるようになっています。
すなわち、医療側が最善と考えて提示する医療が患者さん側にとって必ずしも最善でないことがあるため、患者さん側においてもより主体的に自身の治療に関して情報を集めよく理解して臨むことが大切であると考えられるようになっています。医療側と患者さん側の望ましい関係は、それぞれが相手に依存するのではなく、互いの立場や考え方を尊重して、情報を共有し、進むべき方針に対する判断や責任において共感した上で治療に進むというものではないでしょうか。

②胃がんの病期別治療法

胃がんのステージ(病期)はリンパ節転移の程度(N0~N3)や、胃壁への深達度(T1a~T4b)さらに転移の有無(M1)によって定義されますが、各々のステージに応じて望ましいと考えられる治療法は異なります。


日本胃癌学会 胃癌治療ガイドラインより

③胃がんの手術の種類

・胃がんの手術の種類と定義

A.治癒を目指した手術には定型手術と非定型手術があります。

  1. 定型手術
    主として治癒を目的とし標準的に施行されてきた胃切除術法を定型手術といいます。胃の2/3以上切除とリンパ節郭清を行います。
  2. 非定型手術
    進行度に応じて切除範囲やリンパ節郭清範囲を変えて行うものを非定型手術と呼びます。非定形手術には縮小手術と拡大手術があります。
    (1)縮小手術:
    切除範囲やリンパ節郭清程度が定型手術に満たないもの。
    (2)拡大手術:
    ⅰ) 他臓器合併切除を加える拡大合併切除手術。
    ⅱ) 遠方のリンパ節郭清を行う拡大郭清手術。

B.治癒が望めない症例に対して行う手術

その目的から緩和手術と減量手術に分けられます。

  1. 緩和手術(姑息手術:palliative surgery)
    治癒切除不能症例における出血や狭窄などの切迫症状を改善するために行う手術で,StageⅣ症例に対する日常診療としての選択肢の一つです。腫瘍による狭窄や持続する出血に対し,安全に胃切除が行える場合は姑息的胃切除が行われますが,切除が困難または危険な場合には胃空腸吻合術などのバイパス手術が行われます。バイパス手術では,単純な胃空腸吻合術よりも,胃を体部で部分的にあるいは完全に切離して癌病巣を空置する空置的胃空腸吻合術のほうがQOLなどの治療成績が良好との報告があります。
  2. 減量手術(reduction surgery)
    切除不能の肝転移や腹膜転移などを有し,かつ,出血,狭窄,疼痛など腫瘍による症状のない症例に対して行う胃切除術をいいます。
    腫瘍量を減らし,症状の出現や死亡までの時間を延長するのが目的ですが,明らかなエビデンスはありません
・胃の切除範囲

切除範囲の大きい順に以下のようなものがあります。

  1. 胃全摘術(Total gastrectomy:TG)
    噴門(食道胃接合部)および幽門(幽門輪)を含んだ胃の全切除。

    日本臨床外科学会サイトより引用
  2. 幽門側胃切除術(Distal gastrectomy:DG)
    幽門を含んだ胃切除。噴門は温存。定型手術では胃の2/3以上切除。
  3. 幽門保存胃切除術(Pylorus-preserving gastrectomy:PPG)
    胃上部1/3と幽門および幽門前庭部の一部を残した胃切除。

    日本臨床外科学会サイトより引用
  4. 噴門側胃切除術(Proximal gastrectomy:PG)
    噴門(食道胃接合部)を含んだ胃切除。幽門は温存。
  5. 胃分節切除術(Segmental gastrectomy:SG)
    噴門,幽門を残した胃の全周性切除で,幽門保存胃切除に該当しないもの。
  6. 胃局所切除術(Local resection:LR)
    胃の非全周性切除。
  7. 非切除手術(吻合術,胃瘻・腸瘻造設術)

閑話休題: 「低侵襲治療がますます発展してきた」
今や、胃がんは早期発見により早期治療ができれば95%以上が治る時代です。しかも、発見が早ければ早いほど、より体への負担が小さい治療法で根治できます。胃がん検診とし重宝される胃内視鏡検査が早期がんの治療にも応用されています。すなわち、胃がんがまだ小さくて周囲のリンパ節への転移が疑われない場合は、内視鏡を用いた内視鏡的粘膜下層剥離手術(ESD)により、体にメスを入れることなく胃がんの根治治療が可能です。リンパ節転移の可能性が疑われても早期がんであれば、傷が小さくて済む腹腔鏡による手術により、胃の切除後も早期に社会復帰が可能になっています。早期で発見すればするほど、切除範囲が少なくて済み、その方法もより体に負担が小さいものが選択できるのです。
むろん、早期発見ができず、不幸にも進行がんで発見された場合には、根治的治療法である手術すら実施できなくなります。このような状態には陥らないようにするために定期的に胃内視鏡検査を受けることが大切です。

④先端的治療法

  • 免疫チェックポイント阻害剤の応用
    手術による根治治療が望めない進行がんや手術後の再発がんに対して、従来の化学療法以上の有効な治療法として免疫チェックポイント阻害剤による治療が応用されています。これは、がん細胞の持つ免疫細胞の働きを抑える性質を阻害することで、免疫細胞のがん細胞への攻撃力を高める新しい考え方に基づく治療です。以上に期待されていますが、薬価が高く、従来の抗がん剤治療をある程度やりつくした状態でなければ選択することができない、相応の重篤な副作用(間質性肺炎、自己免疫性疾患など)が発症するリスクが避けられない、など課題があります。
  • 遺伝子治療
    がん細胞の無限増殖や転移する性質を遺伝子的レベルで阻害、修正することを目指したこれからの治療です。従来の抗がん剤治療などに見られる激しい副作用がないこと、相応に進行したがん(ステージ4)の患者さんでも生活の質を落とさずに治療でき、そのようなステージでもがんを乗り越えることができる可能性があること、などから「尊厳を保つがん治療」として大変期待されています。遺伝子治療の中でも、私たちはがん無限増殖に関与すると考えられる細胞周期の調節因子に対する遺伝子治療(CDC6 RNAi療法)の提供と開拓に取り組んでいます。