変形性膝関節症に対する再生医療
【自家脂肪由来間葉系幹細胞(MSC)治療】

変形性膝関節症とは

 変形性膝関節症とは、特に大腿部など下肢の筋力の低下や膝関節に過度の加重がかかる作業を繰り返すことが原因で、膝関節を構成する骨の変形や関節軟骨の変性が生じて、膝に痛みを生じる疾患です。骨折、靭帯損傷、半月板損傷などの外傷の後遺症として発症することもあります。また、発症リスクの一つとして体重超過が挙げられ、それが原因の変形性膝関節症は進行するとO脚変形をしばしば来します。
 初期症状は、立ち上がりや歩きはじめなど動作開始時の痛みですが、症状が進行すると階段の昇降が困難になり、末期では安静時にも痛みが取れず、関節が激しく変形して歩行困難を来します。男女比は1:4で女性に多く、高齢になるほど罹患数が増えます。症状がある変形性膝関節症の罹患数は約1,000万人、潜在的な方を含めると3,000万人が罹患していると厚労省は推定しており、極めて多くの罹患人口を持つ疾患です。
 症状が軽ければ消炎鎮痛剤の内服や外用(湿布、ゲル剤)治療、ヒアルロン酸の関節注射、もしくは大腿四頭筋の強化訓練や、関節可動域の改善訓練などで管理可能ですが、重症例、難治例は関節鏡手術、高位脛骨骨切り手術、人工関節置換術が適応となります。
 最終的な治療手段と考えられる人工関節置換手術は、退院時にも痛みが残り、痛みは3か月以上続き、その後も患部に焼けるような痛みや灼熱感が残ることがあります。10-20%の方は疼痛の残存期間が長期間になります。よって、変形性膝関節症は重症化して体に負担がかかる侵襲的手術を受けなくて済むように心がけることが大切です。日常的に筋力強化やストレッチングなどの運動療法に取り組むことが変形性膝関節症の悪化の予防に役立ちます。

膝関節画像1 膝関節画像2

https://www.joa.or.jp/public/sick/condition/knee_osteoarthritis.html
日本整形外科学会ホームページより

人工関節置換手術を回避するための再生医療に期待

 重症の変形性膝関節症に対して適応となる人工関節置換手術は、入院の下で全身麻酔を必要とし手術後のリハビリの負担も大きく、治療後もしばらく激しい痛みを伴うことが多いことから、手術適応の患者さんからどうにか手術を回避できないかと相談を受けることがしばしばあります。
 本来は、重症化しないように食事療法や運動療法により適正体重の維持や筋力増強を図ることが大切なのですが、いったん重症化してしまうと手術に頼らざるを得ないというのが実情です。しかし、最近は、そのような手術適応例に対して、組織修復力を持つ再生医療の治療効果が期待されています。当初は血液中の血小板という細胞、昨今では骨髄や脂肪の中に含まれる間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell: MSC)を用いた、体に大きな負担をかけずに変形性膝関節症の症状を緩和する医療技術が大変注目されています。治療法は、これらの細胞をヒアルロン酸注射と同様に患部の関節内に注射するだけなので、大きな麻酔も入院も不要です。
 仮に重症化する前にこのような低侵襲治療が開始できれば、人工関節置換手術を受けざるを得ない重症化を防ぐことが可能になるかもしれません。また、重症化した場合でも、再生医療により負担の大きな手術を回避できる可能性もあります。変形性膝関節症に対する間葉系幹細胞を用いた再生医療は体に大きな負担をかけない革新的な治療法の一つとして大変期待されています。

すでに提供されている再生医療

 プロ野球選手が肘の靭帯損傷に対して多血小板血漿(PRP)療法を行って回復を図った例は有名ですが、これから期待される再生医療として自己脂肪由来 間葉系幹細胞療法が挙げられます。これは、自分の脂肪組織から分離した間葉系幹細胞を増殖培養させ、5000万~2億個程度まで増やした後、体内や患部に注射などで送り込む方法です。
 当初は、脂肪ではなく骨髄から分離された間葉系幹細胞がしばしば応用されていましたが、脂肪由来の間葉系細胞の方が分離しやすく質が良いことがわかっており、昨今では脂肪由来の間葉系幹細胞がより注目されています。そもそも間葉系幹細胞療法はPRP療法をしのぐ効果が見込まれており、中でも高い評価のある脂肪由来間葉系幹細胞療法は今後の成果が期待されます。

PRP療法と間葉系幹細胞療法の違い

 PRPは血液中の血小板を高密度にした血漿で、血小板に関連する成長因子や血漿由来のフイブリノーゲンなどを含んでいます。組織の修復には特に成長因子が有効であると考えられています。
 一方、幹細胞療法は、それぞれの環境に応じて様々な組織や細胞に分化できる細胞です。この分化能をもつ幹細胞は、組織や臓器を構成するのに必要な細胞に変化して損傷した組織を修復します。

<PRP療法のメリット>

  • ・PRPの精製は比較的容易で大きな設備が不要
  • ・PRPは素材が安全で特に修飾せずにそのまま治療に用いられる
  • ・自分のPRPを使用する限り感染のリスクは極めて低い
  • ・筋肉、骨の損傷に対する治療として期待できる

<PRP療法のデメリット>

  • ・注入部に感染・神経損傷・血管損傷・瘢痕・石灰化など病的な変化を来すことがある
  • ・注入部およびその周囲の筋肉や骨に痛みが生じることがある
  • ・アレルギー症状が誘発されることが稀にある
  • ・血管内に投与されると血栓症を発症するリスクがある
  • ・ヘビースモーカー、大量飲酒家、服薬量の多い方、血行動態が不安定な人、抗凝固療法中の方、血小板異常症、血小板減少症、敗血症、慢性感染症、慢性肝機能障害、慢性皮膚病、癌などの罹患者はPRP療法を控えるべき

<幹細胞療法のメリット>

  • ・多くの変性性疾患や炎症性疾患に対して強力な医療ツールとして台頭している
  • ・損傷した部位において、分化して新しい組織を作るだけでなく、周囲の組織を活性化して修復機能を促すはたらきもある
  • ・自分自身の細胞を治療に安全に応用できる
  • ・幹細胞を一度分離し適切に保管すれば生涯治療に応用できる
  • ・創傷治癒や瘢痕治癒を増強する重要な遺伝子を刺激する効果もある

<幹細胞療法のデメリット>

  • ・幹細胞周囲の環境が治療効果に影響するので治療に必要な細胞数の確定が難しい
  • ・幹細胞の質や寿命に個人差がある
  • ・幹細胞を培養する環境によって細胞の質が異なる


参考文献:
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6306612/
https://online.boneandjoint.org.uk/doi/abs/10.1302/1358-992X.2018.12.049

脂肪由来 間葉系幹細胞療法とは

 身体の中には組織の修復効果を持つさまざまな幹細胞が存在しており、中でも骨髄や脂肪の中に潜む間葉系幹細胞は再生医療の素材として高く注目されています。特に脂肪由来の間葉系幹細胞は骨髄由来のものに比べて以下の優位点があることから研究や治療に広く用いられるようになっています。

  • ・幹細胞を抽出できる脂肪細胞は、骨髄細胞に比較して容易にかつ低侵襲に採取できる
  • ・脂肪由来間葉系幹細胞は骨髄由来と同様の脂肪・骨・軟骨への分化能に加えて骨髄由来にはない筋分化能も持つことが示されている
  • ・脂肪由来間葉系幹細胞は、細胞形態や分化能は骨髄由来と差異はないが、増殖能が強く、増殖に伴う老化の影響や骨分化能の低下が少ない

 この期待できる脂肪由来間葉系幹細胞を体内から取り出した少量の脂肪から分離し、特殊な環境下で大量に培養したものを、体内(患部)に注射や点滴で送達する治療法を、脂肪由来間葉系幹細胞療法もしくは幹細胞移植と呼びます。
 脂肪由来間葉系幹細胞療法は、今まで有効な治療法がない様々な疾患に対して外来治療で対応できる点が高く評価されます。中でも特に変形性膝関節症への期待できる治療として国際的に盛んに実施されています。

変形性膝関節症や慢性疼痛に対する薬理効果

 脂肪由来 間葉系幹細胞は、変形性質関節症や慢性疼痛に対して以下の薬理効果により治療効果を発揮することが示されています。

  1. TGF-β、IL-1βなどの炎症性サイトカインを調節し、抗炎症性サイトカインであるIL-10を分泌する
  2. 血管新生、シナプス産生、神経膠形成、神経発生などの能力をもっているため、疼痛受容体の修復や調節が可能
  3. 変性した軟骨、靭帯、筋肉の再生のために分化する

変形性膝関節症に対する脂肪由来 間葉系幹細胞治療の流れ

 脂肪由来間葉系幹細胞による治療は具体的には以下のステップがあります。

  1. 脂肪切除: 腹部や膝裏など、3㎜程度の切開により米粒大数粒の脂肪を切除(局所麻酔で外来処置)
  2. 間葉系幹細胞分離培養: 切除した脂肪細胞から間葉系幹細胞を分離し細胞培養加工室で増殖培養(3-4週間)
  3. 間葉系幹細胞投与: 増殖培養した間葉系幹細胞1億個以上を、症状のある膝関節内への直接注射や点滴により体内へ送達
  4. 経過観察

慢性疼痛に対する脂肪由来間葉系幹細胞治療の適応

 脂肪由来間葉系幹細胞治療は慢性疼痛に悩まれる方に対して治療効果が期待されますが、治療適応は以下の1~3になります。

  1. 膝、腰、肩、首などの関節に慢性疼痛を有する
  2. 慢性疼痛に関する他の標準治療法で満足できる疼痛緩和効果が認められない
  3. 副作用や治療負担が大きいため薬物や理学療法などを希望しない

変形性膝関節症に対する脂肪由来 間葉系幹細胞治療の適応

 変形性膝関節症に対する治療適応は、X線 CT MRI 超音波検査などで関節の変形が確認され、以下1~15の症状がある場合です。

  1. 関節を使うと痛みが出る
  2. 体を一定時間動かさずに休めていると関節が固くなる
  3. 湿っぽい天気の日に痛みが強くなる
  4. 痛みが持続している、あるいは再発する
  5. 運動中や運動後に関節が痛む
  6. 思いどおりに動かせなくなった
  7. 薬や杖を使用するだけでは痛みを十分に和らげることができない
  8. 痛みのためによく眠れない
  9. 関節の動きが悪くなっている、あるいは曲げられる角度が小さくなったように感じる
  10. 関節が固くなっている、あるいは腫れている
  11. 歩いたり階段を上ったりするのが困難になった
  12. 椅子に座る、椅子から立つ、浴槽に入る、浴槽から出るなどの動作が困難になった
  13. 朝に関節がこわばり、その内に治まる
  14. 関節がきしむような感じがする
  15. 過去に膝の前十字靱帯に外傷を負ったことがある

脂肪由来 間葉系幹細胞治療の実際の症例

 私自身(北青山D.CLINIC阿保義久医師)も慢性疼痛(変形性膝関節症)に対して脂肪由来 間葉系幹細胞治療を行い、症例として公開しています。私に有効だったからとて、変形性膝関節症の方全般に治療効果があることを保証することにはもちろんなりませんが、自ら効果を体感できたことでこの治療を患者さんたちにご紹介しやすくなったことは事実です。今後も引き続き治療経過を観察しながら客観的評価も実施していきたいと思います。

変形した左膝関節のMRI(左治療前2018/11/28撮影、右治療後2019/10/02撮影)
注入したハイドロキシアパタイトが脛骨の部分に不規則に映っている

治療前の状況

20代にアメリカンフットボールで試合中に左膝頭部にタックルを受け、左脛骨(膝から足首までの骨)が縦に割れる骨折を経験。膝関節面も破砕しました。割れた脛骨を装具固定し関節が損壊した部分をハイドロキシアパタイトで補修する手術を受けました。手術経過が順調であっても、怪我の後遺症で将来変形性膝関節症が発症すると治療担当医から言われていましたが、確かに40歳を超える頃から左膝関節の不安感を自覚し時々痛みを感じることがありました。50歳を超えMRI検査を受けたところ、膝関節の損傷、変形が指摘され、予告通り変形性膝関節症を来していることがわかったのです。色々と筋肉トレーニングをしても、日常的に痛みもあり、少なくともランニングやジャンプ、スクワットもできない状況でした。

治療方針

慢性疼痛に対する再生医療を決定。

治療経過

腹部から脂肪を採取し、細胞培養加工室 CPCで増殖培養し、間葉系幹細胞を投与(左膝関節内への注射及び点滴)。投与した直後しばらく膝関節周囲に灼熱感を覚えたが特に苦痛はなし。
① 3月 初回投与
ADMSC(自己脂肪由来間葉系幹細胞)投与初回
総投与数 / 2億個
投与法:経静脈的(点滴)および局所注射(左膝関節内)

② 4月 2回目投与
ADMSC(自己脂肪由来間葉系幹細胞)投与2回目
総投与数 / 1億6000万個
投与法:経静脈的(点滴)および 局所注射(左膝関節内)

③ 5月 治療後1‐2週間で、膝の動揺が消失し、左片脚のスクワットが可能となる。2回目投与の後(2か月後)の5月には、疼痛ほぼ消失。MRIの初見上はこの治療に伴って大きく画像上の改善は得られませんでしたが、知覚症状は大幅に改善。

④ 11月 3回目投与
ADMSC(自己脂肪由来間葉系幹細胞)投与3回目
総投与数 / 3億1000万個
投与法:経静脈的(点滴)および 局所注射(左膝関節内)

⑤ 12月 4回目投与
ADMSC(自己脂肪由来間葉系幹細胞)投与4回目
 総投与数 / 2億4100万個
投与法:経静脈的(点滴)および 局所注射(左膝関節内)

治療状況

変形性膝関節症によると思われる疼痛は治療後に間をおかずしてほぼ消失し、不安だったランニングや片脚でのジャンプも可能となりました。MRI検査(治療前2018/11/28撮影、治療後2019/10/02撮影)で画像上の改善は見られませんでしたが、自覚症状は大幅に改善しました。私自身としては、高い治療効果を体感することができました。

治療期間・費用

参考治療費用:初回治療 165万円(税込)
保管細胞を用いた治療 70~110万円(税込)

治療のリスク

採血時:穿刺部疼痛、皮下出血、神経障害 ・脂肪採取時:疼痛、感染、皮下出血、硬結、色素沈着 ・培養時:培養遅延、汚染 ・投与時:注射部痛、灼熱感、発熱、悪心、呼吸症状(血栓症) ・治療後:症状回復遅延、治療効果不足 ※但し、適切に治療を遂行すれば、重篤な有害事象が生じるリスクは極めて低いと言えます。

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