もちろん、保険認可が取れた治療は、科学的証拠が示された安心・安全の治療と言えま す。しかし、日本では保険認可されていない医療技術の中に国際的には有効性が認められて広く採用されているものが少なくはありません。また、コストのかかる先端医療技術は 、日本の医療財政が逼迫していることも影響してか、保険認可を得ても医療現場での使用 が実質制限を受けることがあります。当クリニックで行っている遺伝子治療/RNA干渉療法 (CDC6 RNAi)も公的保険認可を得るために乗り越えなければいけない障壁は多いのです 。CDC6 RNAiは標準治療で対応できない難治がんに対しても効果を認めることがしばしば あるので、全てのがん患者さんに提供したい治療法です。しかし、自費診療で提供せざるを得ないため、積極的に治療を案内しにくいという事情があります。それ故、アカデミア や複数の事業体の協力のもとで、今後できるだけ早くこの遺伝子治療(CDC6 RNAi)に公的保険が適用されるように尽力したいと考えています。
さて、前置きが長くなりましたが、保険認可が取れていないCDC6 RNAi 療法は広く認知されておらず殆どの医師はその治療内容に関する情報を持っていません。大学病院や公的 医療機関で標準治療を受けている患者さんが、当院でのCDC6RNAiを補完療法として希望する場合がしばしばありますが、標準治療の担当医師達はその際に的確なアドバイスをすることは難しいのです。情報を持っていないのに加えて、自費診療であることを理由に非 正当治療と見なし、CDC6 RNAi 療法自体を完全に否定する医師も珍しくありません。確かに、怪しい民間療法はごまんとあります。私も、大学病院で勤務していた時にはがんの民間療法には否定的な目を向けていました。しかし、患者さん側が懸命にリサーチして行きついたCDC6 RNAi 療法について内容を確認もせずに、保険診療ではないから、公知の治療ではないから、という理由で完全に否定するのも如何なものでしょう。患者さんの期待に応える有効な治療法の提示ができないのであれば、患者さんがようやく探し当ててその効果を期待している治療法に関しては、むやみに否定するのではなく冷静に評価することが大切ではないでしょうか。
ただ、このように標準治療を担当する医師が非保険診療を頭から否定することが多いのには理由があります。自由診療という名のもとに治療効果がない不適切な治療を実施している医療機関が目につくからです。少数派のはずですが、医療を完全にビジネスと捉えて 倫理的に問題となるような治療誘導や治療費請求をしている医療機関は実際に存在し、し ばしば患者さんとの都間でトラブルを起こしているということを耳にします。有効な標準治療を享受できない進行がんや末期がんの患者さん及びその家族の藁をもつかむ思いを弄ぶかのような医療行為は言語道断です。
一方で、有効な治療法がないと判断された患者さんが、望みをかけて補完代替医療を希望した際に、「別の医療機関で治療をするならば、現在治療を担当している自分たちの医療機関では今後治療を提供できない」と告げられることがしばしばあります。有効な治療 法を提供できない状況においては、患者さんやご家族の意思を尊重して、明らかに不適切だということが証明されていなければ希望する治療を自由に受けさせてあげても良いのではないでしょうか。保険診療以外は何から何まで禁止する、または、補完治療を受けるの なら自分たちが治療を提供することを拒否する、という姿勢は、医療倫理にもとるのではないでしょうか。
東大病院はメディアからしばしば批判の的にされることがありますが、私は過去に勤務していた同病院を最近になって改めて見直しています。それは、難治がん、末期がんで有効な標準治療を受けられない病期に入った患者さん方が、代替補完医療を希望した場合に それを受けることを制限しないばかりか非常に協力的に対応しているからです。
進行胃がんや膵臓がんなど難治性の癌の治療を東大病院で受けている患者さんに対して CDC6 RNAi 療法を補完医療として実施した例は何度もありますが、今月もスキルス胃がんで東大病院に入院中の80歳代の患者さんが、外出してCDC6 RNAi 療法を当院で受けるこ とを担当医たちはこともなく許可しました。また、入院中の患者さんが外出できない場合 、病室に往診の形でCDC6 RNAi 療法を行うことも受け入れました。東大病院側では有効な 治療法を提供できないわけですから、患者さんやご家族の意思を尊重して他の医療機関の治療でもそれを受けることを認め支えているわけです。入院管理を継続しながら、患者さん方の治療の選択肢を狭めずに対応していることに共感しました。有効な治療を提供できないのに、他の医療機関で治療を受けるのであれば自分たちは面倒を見ない、というのは医療倫理にもとるでしょう。最期を迎える患者さん方の生き方を制限する権利は医師にはありません。
主治医としてがん患者さんの治療を担当されてきた機能病院の先生方と、CDC6 RNAi 療法を医療連携の形で問題なく提供できれば、その尊厳を損なわれずに最後まで希望をもって治療を継続できた患者さんは数多くいらっしゃったと思います。標準治療を補完する療 法としてCDC6 RNAi 療法を多くの患者さんがストレスなく受けられる環境をつくれるよう今後も尽力したいと思います。