そう大学病院で言われたと、当院で遺伝子治療のカウンセリングを受けた患者さんが話されました。患者さんは、「あの先生は全く患者のことを理解していない。」と怒りと悲しみをあらわにしておられました。
確かに、現在、私たちのクリニックで提供している遺伝子治療剤は、FDAや厚労省から正式な許認可を得たものではありません。しかし、厚生局から審査を受け、薬監承認を得て入手しています。また、どの治療でも手の施しようのない患者さんが、国内での遺伝子治療の継続を切望したことから、我々はこの治療に着手した経緯があることを改めてお伝えしたいと思います。
現在の日本の医療においては、進行がんや再発がんに対する標準治療は抗がん剤治療になります。その薬剤は大規模な臨床試験、厚労相への申請認可を経たものです。薬剤ごとに科学的根拠に基づいて適用が決められていて、医師の側からしてみると、極めて全うで最善の治療であると解釈されます。
ところが、治療を受ける患者さんの立場や思いは、医師が考えるそれとは相当にずれていることがしばしばです。医師から見ると、抗がん剤による治療は、病気を完全に治すことが目的ではありません。いずれ、亡くなることを前提に、少しでも長く命をつなぐことを目指します。進行がんや再発がんは現代医療では根治できないので、抗がん剤治療のゴールは延命ということは医師にとって全く問題ないということになります。しかし、抗がん剤治療により奪われる生活の質の低下はあまり考慮されません。そして、つらい副作用に苛まれた人生を送りながらどれだけ延命できるかについても正確な情報は開示されないことが多いようです。
抗がん剤治療を受ける4分の3の患者さんはその副作用に苦しむと言われています。患者さんがその副作用に耐えるのは、薬の副作用に耐えることでがんに打ち克つ可能性にかけているからです。医師自身が進行がんになったら、どれだけの方が抗がん剤治療を自らに投与するでしょうか。ある調査では25%の医師は自身ががんになっても抗がん剤治療を受けることには消極的だと答えたそうです。
私は抗がん剤治療を決して否定するわけではありません。日々開拓される新薬には大変期待されるものもあります。しかし、進行がんや末期がんの患者さんの生きたいという切実な思いに、抗がん剤治療を主とした今のがん治療の現場が、十分に答えているとは思えません。それぞれの患者さんにとっては言うまでもなく人生は一度きりであり、どのように生きるかは患者さん方が自由に選ぶべきものです。抗がん剤治療は延命治療だと認識しているのであれば問題ないかもしれませんが、機械的かつ漫然と抗がん剤治療が実施されるとしたら、治療をともに経験したご家族の方々をも後悔させることになるでしょう。
そのようなことが背景となって、遺伝子治療を希望する患者さんが日常的に当院に相談にいらっしゃいます。もちろん遺伝子治療は、奇跡の治療でも神の治療でもありません。遺伝子治療も結果として延命治療にしかならなかったということはあります。しかし、数百例の症例の中で、重篤な副作用やリスクがほとんどなく、進行がんの治療としては常識では考えられないほど良好な治療効果が得られる例も少なからずあります。遺伝子治療は、現在の標準治療では実現できていない、尊厳を保つ治療であると感じています。