幹細胞について②:組織幹細胞・間葉系幹細胞(MSC)とは

組織幹細胞とは

 各組織においてその維持再生に必要な細胞分化能を持つ幹細胞を指し、以下の二つの特徴をもっています。

血液、神経、骨、筋肉、血管などの細胞を造る ➔ 多分化能
欠損した細胞を維持再生・修復する      ➔ 自己複製能


臨床応用における多能性幹細胞と組織幹細胞の関係

  • 多能性幹細胞は体の中のどのような細胞にもなる(分化する)ことができ、培養皿の中ではほぼ無限に増殖します。
  • ・この性質は、臨床応用を考えた際の適用範囲の広さと供給量という点で大変優れています。
  • ・しかしこの細胞を動物にそのまま移植すると、いろいろな細胞に秩序なく分化してテラトーマという腫瘍を形成することが知られており、がん化のリスクが指摘されています。
  • ・このため多能性幹細胞を細胞治療に用いる際には、体内での細胞運命の決定の秩序を参考にして、培養器の中で細胞を人為的に分化誘導し、それぞれの治療に必要とされる細胞を注意深く作製する必要があります。
  • ・生体内において、幹細胞の分化は細胞外環境に大きく制御されます。そのため、培養器の中で多能性幹細胞を目的の細胞に分化させるには、生体内環境を再現するよう、培地の成分や培養時間などの培養環境を時空間的に操作制御することが必要となります。
  • 組織幹細胞は特定の細胞種に分化する性質を持ちますが、培養皿中である程度しか増殖しません。
  • ・治療効果を持つ組織幹細胞を体内から確実に採取でき十分量培養できる場合には、安全性の点では組織幹細胞による細胞療法が有望視されます。
  • ・組織幹細胞を用いた治療法の中で既に安全性と有用性が確立されているのは血液腫瘍性疾患に対する造血幹細胞を移植する骨髄移植ですが、今後、脂肪由来の間葉系幹細胞療法の臨床応用が期待されます。

組織幹細胞>間葉系幹細胞

以下の幹細胞が様々な組織の中に含まれています。中でも脂肪組織における間葉系幹細胞が注目されています。

  • ・造血幹細胞  - 骨髄
  • ・衛星細胞   - 基底膜・筋鞘
  • ・腸管幹細胞  - 小腸・大腸
  • ・毛包幹細胞  - 毛包
  • ・乳腺幹細胞  - 乳腺
  • 間葉系幹細胞 - 骨髄 脂肪組織 臍帯 胎盤 歯髄 滑膜・関節液
  • ・神経幹細胞  - 神経
  • ・内皮幹細胞  - 骨髄
  • ・嗅粘膜幹細胞 - 嗅粘膜
  • ・神経冠幹細胞 - 毛包
  • ・精巣細胞   - 精巣

なぜ間葉系幹細胞(MSC: mesenchymal stem cell)が臨床面で注目されるのか

 ES細胞やiPS細胞と異なり一般的な幹細胞は人間の成長を支える細胞で、幼少期は大人よりたくさんの幹細胞が存在しています。
 成熟して見かけの成長がとまっても幹細胞は存在しており、一生を通して組織が損傷したときに細胞を補填する働きをもっています。これらの幹細胞は、組織幹細胞(成体幹細胞・体性幹細胞)と呼ばれています。中でも、骨髄などに存在する造血幹細胞は、半世紀以上前から研究され、臨床応用も活発に行われています。この造血幹細胞移植の治療法確立は、あらゆる組織幹細胞を利用する移植治療の可能性を広げました。
 しかし、組織によっては生体内から幹細胞を分離することが困難で、治療に用いることが難しいものもあります。例えば、脳や心臓などの組織幹細胞がそれにあたります。
 そこで注目されるのが間葉系幹細胞です。間葉系幹細胞は

①発生過程で中胚葉から分化する脂肪や骨にすることができます。
②成人の骨髄、脂肪組織や歯髄などから比較的容易に得られます。
③中胚葉系の骨芽細胞、脂肪細胞、筋細胞、軟骨細胞などだけではなく内胚葉系の内臓組織や外胚葉系の神経などの細胞にも分化する能力を持っています。
④近年になって、免疫抑制作用を持つことや腫瘍に集積する性質があることも報告されました。
 ➡間葉系幹細胞を移植後の拒絶防止に利用する研究や、がんの遺伝子治療薬の運び屋として利用する研究も行われています。さらに間葉系幹細胞は、組織エンジニアリングという分野でも利用研究が進められています。


組織エンジニアリングの目標: 「①細胞②足場③栄養」を適切に組み合わせて3次元の人工臓器や組織を作り出す。

※間葉系幹細胞から分化させた細胞を利用した軟骨細胞シートによる軟骨損傷の治療はすでに行われており、健康保険の適用が認められています。脊髄損傷に対する点滴投与も条件付きで保険認可されました。

間葉系幹細胞の治療効果の本態

間葉系幹細胞の疾患に対する治療効果は、特定の細胞に分化することではなく、パラクライン作用によって発揮されることがわかっています。

パラクライン作用

細胞の分泌物が大循環を介し遠方の細胞に作用するエンドクラインではなく、直接拡散などにより近隣の細胞に作用すること

例 免疫系の制御  血管新生       抗炎症作用
  抗酸化作用   抗アポトーシス作用  組織修復作用


このパラクライン作用は間葉系幹細胞から分泌される様々なエクソソーム、サイトカインや増殖因子が関与していると考えられています。

※エクソソーム(Exosome)とは:細胞から分泌されるごく小型(直径 30-100nm程度)の小胞で、血液、尿、髄液などの殆どの体液に存在しています。内部には、microRNA、mRNA などの分子が含まれ、細胞間での情報伝達に重要な役割を担っています。再生医療のキーとなる間葉系幹細胞は、種々のサイトカイン、成長因子に加えてこのエクソソームも分泌します。昨今の研究で、間葉系幹細胞の分泌するエクソソームが、さまざまな疾患に対して修復改善効果を発揮することが期待されています。

間葉系幹細胞>脂肪由来間葉系幹細胞

骨髄由来同様に脂肪由来間葉系幹細胞は高く注目されています。

なぜ脂肪由来間葉系幹細胞なのか

  • ・骨髄由来同様に脂肪由来間葉系幹細胞は高く注目されています。
  • ・ただし、骨髄細胞に比較して脂肪細胞は容易にかつ低侵襲に採取できるのが優位点です。
  • ・さらに、骨髄由来間葉系幹細胞と同様の脂肪・骨・軟骨への分化能に加えて骨髄由来にはない筋分化能も持つことが示されています。
    特にそれら全ての分化能を示した一部の細胞群はADSC(adipose derived stem cell)もしくはASCと名付けられます。
  • ・そして、細胞形態や分化能は骨髄由来 間葉系幹細胞と差異はありませんが、増殖能が強く、増殖に伴う老化の影響や骨分化能の低下が少ないのが特徴です。

なぜ静脈や動脈投与で効果があるのか

幹細胞には「ホーミング現象」により治療部位に集積する性質があります。そのため血液循環内に幹細胞を注入すると、所望の部位におのずと集積して治療効果を示すことがわかっています。

ホーミング現象:


末梢から移植された幹細胞がニッチ(反応部位)に到達する現象。
病変部からエクソソーム、サイトカインや接着因子などの誘導シグナルが供給され、幹細胞側では誘導シグナルを感受して病変部に集積していきます。 この双方のはたらきによりホーミングが成立するのです。

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