椎間板ヘルニアを和らげるストレッチと筋トレherniated-disc
「椎間板ヘルニアの症状を和らげるようなトレーニングはなにかありますか?」
という質問をよく受けます。
狭い意味では、実は”医学的に根拠のある”自分で実践可能な体操やトレーニングは現時点においてははっきりしないというのが現状です。
そもそも椎間板ヘルニアの直接的な発生原因自体がはっきりとしていないのですから、確固たる根拠を持ってそれを述べることが難しいのは当然です。
ただ、椎間板ヘルニアに纏わる数多く知られている事実や日常的に診療の現場で見られる患者さんの症状やその改善のしかた、増悪のきっかけなどをつぶさに見ていくと、自ずとある一定の方法が有用ではないかという推測が立ちます。またヘルニアを抱えるもしくはヘルニア様の症状に悩まされる方々にはやはり一定の傾向が見られます。
椎間板ヘルニアは”病気”というより”怪我”と考える方が妥当です。
また加齢による椎間板そのものやその周辺の骨、軟骨の劣化や変形、身体的な特徴とも強い関連があります。
事故や怪我などで発症する椎間板ヘルニアは比較的分かりやすい発生機序ですが、そういったきっかけはそれほど多くもなく、日常の中で腰痛に悩まされ続けた結果、あるところを境にして症状がはっきり出始めることが多いのですが、これは慢性的に同じ部位に負担をかけ続けた結果なのであって、何か特別な理由がある訳ではありません。
こういった病態の椎間板ヘルニアに対して筋力を増強することはどう良いのでしょうか?
多くの場合、ある特定の姿勢の癖があり、それが理にかなったものでない限り、偏った部分に負担が集中します。そうすると姿勢を保つために働く筋肉もバランスが崩れ、ある特定の筋肉ばかりを使うようになってしまいます。それが続くと決まった筋肉ばかりが疲労し、一方で相補的に働く筋肉があまり使われないことから筋肉が萎縮し筋力が低下します。そういった状態が長く続くと筋肉で緩衝していた衝撃が椎間板や骨、軟骨などにかかるようになっていき、悪循環から抜け出ることができなくなって一層症状を感じやすくなります。
筋力トレーニングは本来あるべき姿、本来の偏りのないバランスに戻すために有効に働きます。
サボりすぎていて働けなくなった筋肉を少しずつ鍛えて、本来の均等なバランスがとりやすくなる様にするのです。また筋肉が有効に働かないと骨格や関節にかかる負担が増えます。本来関節を挟んで拮抗する筋力は正しいバランスでいることによってより効率的に働くことができるのです。
有効に働くことができなくなっている筋肉はその人の姿勢の癖や動作の癖によって異なります。すでに骨格自体が変形して自力での補正が難しくなっている場合もありますが、多くの場合それでも補助的に働く筋肉も同時に鍛えることによって症状がコントロールしやすくなっているのが通常です。
以下に代表的な2つのパターンに対して有効なトレーニングを挙げてみます。
一つ目は、本当の猫背、若干上半身が項垂れているような姿勢の人です。
腰から上は全体重の65%を占めると言われていますが、それを斜めに持っているということですから腰に相当な負担がかかっているだろうことは容易に想像できます。また、常に前屈していることから椎体(背骨)の前面に力が常にかかっている状態になり、椎間板の前方がつぶれている状態が慢性化すると、圧の逃げどころとして後方に椎間板ヘルニアを生じやすくなってしまいます。
こういった場合、背中の筋肉は常に引き伸ばされたままになっており背中側の疲労が蓄積しますが、お腹側の筋肉が縮まったままになっており、有効に働かず腹腔を押しつぶした形になるため、呼吸は浅くなる傾向にあり、腸管などにも悪影響を及ぼす可能性が示唆されています。
こういう時は背中で体を引っ張る必要性が高く縮こまった腹筋を伸ばし、背筋力を向上させる必要があります。
ヘルニアによる症状がある方の場合、首にしても腰にしても前に屈む動作で 椎間板前面がつぶれ髄核が後方に移動しようとして圧がかかることから、強い前屈を必要とするような動作は症状の改善にあまり望ましくないことが分かります。
ヘルニアの前段階の人であってもやはり前方負荷が増えることにより、本当の椎間板ヘルニアを発症する可能性が増えるため極力負荷が前方に集中するのを避ける必要があります。
ヘルニアを実際に抱えている人はなおさらですが、椎体(背骨)を大きく動かすと椎間板内の圧力がヘルニア側に移動しやすいことから、大きな動作で行う筋力トレーニングは、殊、椎間板ヘルニアに関して言えばあまり望ましくありません。
見栄えはあまりしませんが、アイソメトリック(等尺的)に近い運動の方が椎間板の負担は少なくリハビリテーションとして有効です。
頚部・腰部ヘルニア診療で、もっともよく見かける姿勢のパターンのもう一つは
お腹が前に出過ぎている、もしくは反り腰に猫背を伴う形です。
股関節の動きの特性上、股関節を伸展させてロックさせると筋力をあまり使わずに立っていることができるためそのような姿勢の人が多いのかも知れませんが、腰のこの形が猫背を誘発するのか猫背がこの腰の形を誘発するのかどちらのパターンもありうると思いますが、腰の反りが強くなるとより背中側に体重が乗ることから腰痛ひいては椎間板ヘルニアの原因としても注意が必要な姿勢です。
椎間板ヘルニアは椎間板内圧が高まり後方(背中側)へ突出して症状が出るのですが、反り腰が長くなると椎体の後方成分が短縮し、椎間板の後方の高さが減少し、線維輪も変性して壊れやすい状態になります。
このようなパターンの場合、後ろに倒れている脊椎を起こし、骨盤を寝かさないように立てておくような筋力が必要なります。
つまり、腹直筋、外内腹斜筋、腹横筋、大腰筋、腸骨筋、大臀筋、ハムストリングス(大腿二頭筋、半腱様筋、半膜様筋)などを鍛えることが重要です。
“腹筋を鍛える”となると通常6~8個に割れたあの腹筋を思い浮かべるのではないかと思いますが、実際には腹腔を覆う筋肉(腹直筋、外内腹横筋、腹横筋)は脊椎運動の主働筋ではなく補助的に働くものです。ただ、椎間関節から距離のある腹腔の動きや圧を制御するこういった筋肉は脊椎を支えるためには非常に有効に働きます。
一般的な筋力トレーニングにおいてもよく言われることですが、トレーニングによって得た筋力や筋肉の柔らかさを実際の動作に応用できるように慣らしていかないと、せっかくのトレーニングも効果は半減です。
つまりトレーニングをやりさえすればそれで問題がすべて解決するものでもないということは知っておく必要があります。
トレーニングをすると今まで使われなかった筋肉が実際の動作に参加し始めるという事はあるのですが、それだけではもったいない。
したがって、日常生活で立っている姿勢、座っている姿勢、歩き方などにも注意を払い可能な限り長時間腰や首のある一か所に負担が集中しないような姿勢を身につける努力をすることは、筋力トレーニングの成果をしっかり実を結ばせるためにとても重要なことなのです。