進行がん、再発がんに対する保険診療の限界cancergenetherapy
今や、がんと診断されてもそれを克服する患者さんは70%に迫っています。一方で、発見された時にがんが相当に進行していたという方や、治療後に再発したという方も決して珍しくありません。そして、このようなケースではがんを根治することが難しく、がんにより命を落とす危険性が大きいと言えます。
このような進行がん・再発がんに対しては、抗がん剤による治療が標準治療として、保険適用のもと行われています。しかし、抗がん剤は根治を目指すものではなく延命治療でしかありません。また、その副作用のために過酷な生活を余儀なくされることが多々あります。命を少しでも伸ばすことを目的に行われる抗がん剤の副作用で「人生(=生活の質)」が犠牲になってしまうのです。
私は、抗がん剤治療を否定する立場ではありません。抗がん剤治療は、科学的に効果が保証された治療法です。臨床試験により生存期間延長に最も寄与した薬剤が使用されます。しかし、副作用により生活の質が著しく損なわれる可能性を考慮すると、現場の医師も冷静に評価をしなければいけないのではないでしょうか。生存期間 (量的利益) と生活の質(質的利益)の両方を同時に評価できるQuality adjusted life years(QALY:質調整生存年)などを指標として治療戦略を構築する必要があるでしょう。
経済産業省の医療戦略室の方の話では、抗がん剤治療を受けた4分の3以上の患者さんが副作用に苦しんでいること、そして延命するだけの抗がん剤治療に何兆円もの国の医療財源が使われていること、そしてその治療結果がフィードバックされてこなかったこと、を問題視しています。
標準治療で治せない患者さんの余命を少しでも延長するために、副作用が大きく生活の質を損ねる抗がん剤が最も正当な治療法だとして行われるのが今の医療現場の状況です。
その現状を強く忌避する患者さん達も少なからずいらっしゃることを日常診療から感じ取ることができます。
このような、生活を犠牲にすることなく希望をもってがん治療を受けたいと願う方々が当院の遺伝子治療を希望しています。
遺伝子治療で営利をむさぼる医療機関があることは残念ながら事実ですが、それを糾弾する前に、注視し是正しなければいけないことが二つあります。一つは、遺伝子治療を含む代替医療を望む患者さん達が増加するのは、現代の標準治療 (保険診療に依拠する抗がん剤治療) が、がん患者さんの多くの方を満足させていないからだということ。
そしてもう一つは、標準治療に取り組む医師の多くがそれに気づいていない、もしくはそれを深刻視していない可能性があるということです。
遺伝子治療は自費診療のため患者さんの個人負担は大きくなります。一方、高額で知られるオブジーボなどは保険が適用されるので患者さんの負担は軽減されます。しかし、例えば一人当たりの患者さんに必要なオプジーボの治療費用(約3,500万円: 現在約1,750万円)の殆どは国民が負担する保険金から支払われています。そして、周知のとおり現在日本の保険診療財政は逼迫し、保険診療システム自体が崩壊の危機に瀕しています。
オプジーボは治療効果が非常に期待される治療ですが、それでも薬剤が有効なのは4人に1人、しかも効果があるかどうかは使ってみなければわからない、
そしてこれを使用することにより得られる延命期間は平均2か月、重症筋無力症などの重篤な副作用の発症リスクもある、などなど、課題も相当にあります。保険診療財政の現状から、生存期間のみではなく、cost-effectiveness (費用有効性) にも相応の注意を払って医療のプロである我々医師は診療にあたる必要があると感じています。
期待が大きいとは言え未承認である遺伝子治療を誇大な宣伝文句で患者さんにアピールするのは論外ですが、進行がん、再発がん治療を行う際の保険診療の位置付けについても再考の余地はあるのではないでしょうか。