遺伝子治療に取り組む私たちの立場cancergenetherapy
先日、200名前後の方がご臨席の講演会で、遺伝子治療を始めとしたこれからの癌治療に関してお話をする機会がありました。講演後のアンケートでは多くの方々からご満足の声と激励の声を頂戴できたことは演者として望外の喜びです。講演の中には未承認の保険適応外の診療について触れたところもありましたが、癌に対する現代医療の現状と展望を正確にお伝えすること、公正な情報を提供することに心がけました。ただ、聴講者の中には自費診療に関する情報を講演会で話すのは不適切であるという意見を述べる方もおられ、将来期待される治療であっても未承認治療に関する医療情報をお伝えするにはことさら配慮が必要なことを改めて痛感いたしました。この場を借りて、貴重な平日の午後の時間にお付き合いいただいた方々に感謝申し上げます。
講演会(資料※別ウインドウで開きます)では、
①癌死亡率に見られる日米の癌治療の違いと日本の課題
②これからの癌治療について
③遺伝子治療について
④CDC6
RNAi
療法について
などをお話しました。
癌に対する遺伝子治療の中で現在国際体に承認されているのはCAR-T細胞療法と一般的に呼ばれるものです。
これは、遺伝子治療、免疫療法、再生医療等の技術を融合したもので白血病などの血液癌に対しては有効性が示され、日本でも今春保険認可を得たことが報道されました。ただし、残念ながら固形癌に対してはまだ有効な治療法として確立されておらず、サイトカイン放出症候群と呼ばれる重篤な副作用の問題や治療費が高額(米国では1回の治療費が約5,000万円)であることが課題とされています。
一方、国際的に極めて注目されている癌の早期診断法であるリキッドバイオプシーや画期的治療法であるネオアンチゲン療法は国内では臨床研究すら十分実施されておらず、日本の癌先端治療は国際的にも周回遅れにあるとの指摘もあります。今春、国立がんセンターが先頭に立って「がんゲノム医療」が推奨され、遺伝子パネル検査によるprecision
medecine(精密医療)の名の下で、癌患者さんの100個前後の遺伝子を調べて最適な薬剤を同定するプロジェクトが立ち上がりましたが、検査費用が高額かつ適切な薬剤が選択できる確率は10%以下のため、患者さん達の期待に十分応えるプロジェクトとは言えないという見解もあります。
例えば米国では遺伝子中の全エキソン5000万個を数万円の費用で解析できる状況のようです。
残念ながら日本はこの領域では他の先進諸国に大きく遅れを取っていると言わざるを得ません。
そのような中で、先端的医療を日本国内で展開することに対しては、残念ながら既得権益からのバッシングなどが多く、国内のメディアでプラスのものとして取り上げられない現状があります。むしろ、未承認治療で自費診療であることから腫瘍内科専門医の中には不適切な治療と斬って捨てられる方もおられます。その際に、新しい治療を異口同音に批判する決まり文句は「エビデンスがない」です。科学においてエビデンスは極めて大切ですが、世界中が癌撲滅のためにしのぎを削って研鑽を続けている中で、国内の医療関係者が現状を直視せずに批判を繰り返すのみでは、日本が世界の癌治療の潮流から完全に取り残されることになるという危惧を感じざるを得ません。その犠牲は患者さんやそのご家族の方々に負わされることになります。
国際的な先端医療や今後期待できる治療法に関する情報を公正に国内に広め、可能な範囲で提供することができるよう、微力ではありますが私たちは尽力したいと考えています。